家族のトラブルが頭から離れない|父の交通事故で気づいた「問題があっても自分の人生を止めない」方法

夕暮れの海辺を一人で歩く男性のシルエット。悩みを抱えながらも自分の人生を前に進めるイメージ 40代のメンタル・思考
問題がすぐに解決しなくても、自分の人生まで止める必要はない。

最近、少し精神的に疲れる出来事がありました。
90歳になる父が、原付バイクで追突事故を起こしたのです。
幸い父は転倒した際に左肘を擦りむいた程度で、大きな怪我はありませんでした。

事故自体も、父から最初に聞いていた話では、
「前の車の左後ろに、原付のブレーキペダルの先がぶつかった」
というものでした。

そのため私も、比較的軽い事故なのだと思っていました。

ところが、しばらくして相手側から伝えられた修理費は約30万円。
「ブレーキペダルの先が当たっただけで30万円?」
正直、最初に聞いたときは疑問を感じました。

もちろん私は事故現場を見ていません。
父も90歳です。
父の説明だけを100%正しいと決めつけるつもりもありません。

だからこそ、感情だけで判断するのではなく、
「どこが壊れて、何を修理して30万円になるのか分かる見積書を見せてください」
と相手の方にお願いしました。

この出来事をきっかけに、私はしばらく事故のことばかり考えるようになりました。
そして気づいたことがあります。
自分自身が起こした問題ではなくても、家族のトラブルは簡単に自分の生活まで支配してしまう。

今回は、父の事故対応をしている今の私自身の体験から、
「解決していない問題を抱えながら、どうすれば自分の人生まで止めずにいられるのか」
について考えてみたいと思います。


見積もりを見て、さらに疑問が大きくなった

相手の方とは後日会うことになり、修理の見積書を見せてもらいました。
そこで聞いた話では、修理工場には2か所行ったとのことでした。

1か所目では約32万円。

2か所目では約21万円。

10万円以上の差があります。

相手の方からは、
「30万円ではそちらの負担も大きいと思って、もう少し安いところを探した」
という趣旨の説明を受けました。

もちろん、本当にこちらを気遣ってくれた可能性もあります。
ただ、事故はこちら側の過失が大きいとされている事故です。
その状況でわざわざ別の修理工場まで探してくれたことに、私は少し違和感を覚えました。

そこで私は、
「実際にぶつかったところを見せてもらえますか?」
とお願いしました。

車を見ると、左後方には確かに線状の傷がありました。
父が話していた「ブレーキペダルが当たった跡」と考えても不自然ではない傷です。
ところが、それより下の部分には、もっと広い範囲に擦れたような、へこんだような損傷もありました。

私はそこでさらに分からなくなりました。
「本当に今回の事故で、ここまで損傷したのだろうか?」
父は事故で転倒したものの、大きな怪我はしていません。

病院にも行っていません。
もちろん、人体の怪我の程度だけから車の損傷を判断することはできません。

それでも私の中には疑問が残りました。
そこで事故を担当した警察にも確認しました。

私が警察から聞いた説明では、事故時に確認できたのはブレーキペダルの先が接触した部分で、それ以外の傷については確認できていないとのことでした。

そのことを相手の方に伝えると、
「警察とはそんな話はしていない」
「自分は車の中にいたので確認していない」
という説明でした。

ここまで来ると、何が正しいのか私には分かりません。
私は事故現場にいたわけではないからです。

だからこの記事でも、
「相手がおかしい」
「父の話が正しい」
と結論づけるつもりはありません。

ただ一つ確かなのは、
分からないことがたくさん残っている状態そのものが、私にとって大きなストレスになった
ということでした。

同じことを何度も考えてしまうと、不安がさらに大きくなり、頭の中で思考がループしやすくなります。こうした「考えすぎてしまう状態」については、こちらの記事でも詳しく書いています。
▶︎ なぜネガティブ思考は止まらない?原因は脳だった|40代の思考ループと対処法


一番つらいのは「答えが出ないこと」を考え続けてしまうこと

事故後、頭の中では何度も同じことを考えていました。

「本当に今回の事故の傷なのだろうか」
「父の話はどこまで正確なのだろう」
「相手の説明を信用していいのだろうか」
「このまま支払っていいのだろうか」
「自分がもっと確認しなければいけないのではないか」

考えれば考えるほど、新しい疑問が出てきます。

ところが、どれだけ考えても事故当日の事実そのものが変わるわけではありません。
こうして同じ問題について繰り返し考え続けることは、心理学では「反芻(はんすう)」と呼ばれます。

問題について考えること自体が悪いわけではありません。

「見積書を確認する」
「警察に確認する」
「損傷箇所を確認する」

こうした行動につながる思考は必要です。

しかし、
「本当はこうだったんじゃないか」
「もしかしたらこうなんじゃないか」
と、今すぐ確認できないことを頭の中だけで何時間も考えても、問題はほとんど前に進みません。

それどころか、問題とは関係のない時間まで奪われていきます。

私はこの事故のことを考える時間が増えてから、ブログを書こうとしても集中できなかったり、何となくYouTubeやテレビを見て一日が終わってしまったりすることが増えました。

事故を起こしたのは私ではありません。
それなのに、いつの間にか私自身の人生まで事故に占領され始めていたのです。

そこで私は、「問題を解決すること」と同時に、「問題に自分の生活を全部持っていかれないこと」も必要なのだと思うようになりました。

まだ起きていないことや、今すぐ答えの出ないことを考え続けると、心はどんどん疲れていきます。
未来への不安をどう整理するかについては、こちらの記事も参考になると思います。
▶︎ 未来が不安で考えすぎてしまう人へ|認知行動療法でわかる未来不安の対処法


問題があるときこそ「変えられること」と「変えられないこと」を分ける

私が意識するようになった一つ目の方法が、
自分が今できることと、できないことを分けることです。

今回なら、

・見積書を確認する
・損傷箇所を確認する
・必要なところに問い合わせる
・記録を残す
・必要なら専門家に相談する

こうしたことは自分でできます。

一方、

・事故当日の時間を巻き戻す
・父の記憶を完全に正確にする
・相手が何を考えているのか知る
・今ある情報だけですべての真実を確定する

これは私にはできません。

ところが不安が強くなると、人は後者について考える時間を増やしてしまいます。

「どうだったんだろう」
「もしかしたら……」
「もしこうだったら……」

私自身、何度もそうなりました。

そんなときは、
「今、この問題について自分ができる具体的な行動はあるか?」
と自分に問いかけます。

あるなら行動する。
なければ、いったん問題を置く。

完全に忘れる必要はありません。
「次に動ける状態になるまで保留にする」という感覚です。

これだけでも、頭の中で延々と裁判を続けるような状態から少し離れられるようになりました。


問題が解決してから人生を楽しもうとすると、人生はずっと始まらない

生きていると、問題が完全になくなる時期なんて意外と少ないのかもしれません。

仕事。
お金。
家族。
健康。
人間関係。
恋愛。

一つ解決したと思ったら、また別の問題が出てくることもあります。

だから、
「この問題が片付いたらブログを頑張ろう」
「全部落ち着いたら筋トレを再開しよう」
「不安がなくなったら人生を楽しもう」

と考えていると、いつまで経っても自分の人生を後回しにしてしまいます。

今回の父の事故についても、まだ完全には解決していません。
今後どうなるかも分かりません。
それでも私はブログを書きます。

できる範囲で筋トレにも行きます。
疲れていたらテレビを見る日があってもいい。
何もしない日があってもいい。

ただ、
「問題があるから自分の人生まで全部止める」ことだけはしたくない。
今回の出来事を通して、そう思うようになりました。


まとめ|悩みがあっても、自分の人生まで渡さなくていい

父の交通事故をきっかけに、私はここ最近かなり事故のことを考えていました。

修理費のこと。
車の傷のこと。
父の話。
相手の話。
警察から聞いた話。

何が正しいのか考えていると、頭から離れなくなることがあります。

もちろん必要な確認はこれからもします。
納得できないことがあれば、きちんと確認します。
でも、その問題に24時間、自分の頭を貸し続ける必要はありません。

できることがあるなら行動する。
今できないことなら保留する。

そしてブログを書く。
筋トレをする。
ご飯を食べる。
眠る。
自分の日常に戻る。

問題を無理やり忘れる必要はありません。
「問題を抱えたままでも、自分の人生を少しずつ進める」
それでいいのだと思います。

今回この記事を書いていること自体も、私にとってはその一つです。
父の事故という、自分ではコントロールできない出来事が起きました。
そして今も完全には解決していません。

それでも今日は、自分にできることとしてこの記事を書きました。

人生には、自分ではどうにもできない出来事があります。
でも、
今日という一日を、その問題だけに全部使うかどうかは、自分で選ぶことができます。

今、家族の問題や仕事、人間関係などで頭がいっぱいになっている人がいたら、無理に元気になる必要はありません。

いつもの半分でも、3割でもいい。
今日、自分の人生のためにできることを一つだけやってみる。
それだけでも、人生はちゃんと前に進んでいるのだと思います。

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