人間関係で「もう無理」と感じるのはなぜ?我慢の限界に気づくサイン

人間関係に疲れ、距離を置くことを考える女性のイメージ 40代のメンタル・思考
「もう無理」と感じることは、自分を守るための心からのサインなのかもしれない。

人間関係で、

「もう無理だな」

と思うことがあります。

僕の場合、それは大きな喧嘩をしたときとは限りません。

むしろ、

「自分は大切にされていないのかもしれない」

と感じたときです。

自分のことを認めてもらえていない。

ないがしろにされているように感じる。

他の人には普通なのに、自分に対してだけ少し冷たい。

そんなことが続くと、

「自分って、結局ここではそういう立ち位置なんだな」

と思ってしまいます。

最初は我慢できます。

「気にしすぎかな」

「たまたま機嫌が悪かっただけかな」

「自分にも悪いところがあるのかもしれない」

そう考えて、自分の中で処理しようとします。

でも、それが何度も続くと気持ちは変わってきます。

僕の場合、

「もう我慢しよう」

ではなく、

「ここにいるべきじゃないな」

と思うようになります。

僕自身も「ここにいるべきじゃない」と感じたことがあります。

今の訪問看護ステーションは少人数で、人間関係にも恵まれていると感じています。 ただ、上司から自分だけ強く怒られたり、冷たい態度を取られたり、LINEを既読のまま返してもらえなかったりすることがありました。 優しく接してもらえると「ここでよかった」と思うのに、また冷たくされると「やっぱり違う」と感じてしまう。 それが繰り返されるうちに、僕は「自分はここにいるべきではないのかもしれない」と思うようになりました。

人間関係の限界は、大きな出来事が一回起きて突然やってくるものではないのかもしれません。

小さな違和感の積み重ねによって、

「もうこれ以上は無理」

となることもあります。

たとえば、

・自分だけ扱いが違うと感じる
・話をしても大切に受け止めてもらえない
・相手の顔色ばかり気にする
・言いたいことを我慢することが増える
・会ったあとに毎回疲れる
・その人の言動を家に帰ってからも考えてしまう

こういう状態が長く続いているなら、一度その人との距離を考えてもいいと思います。

もちろん、人間関係は自分だけが正しいわけではありません。

僕自身、

「自分の接し方にも問題がなかっただろうか」

と振り返ることは必要だと思っています。

自分の人間性に問題があった可能性だって、ゼロではありません。

でも、ここで一つ分けて考えたいことがあります。

「その人から大切にされていないこと」と、「自分に価値がないこと」は別です。

ある人とは合わなくても、別の人とは自然に付き合える。

ある職場では評価されなくても、環境を変えたら評価される。

人間関係には相性があります。

だから、

「ここでは自分を大切にしてもらえていない」

と感じたからといって、

「自分はその程度の人間なんだ」

とまで考える必要はないのだと思います。

そして「もう無理」と感じても、すぐに関係を切る必要もありません。

会う回数を減らす。

連絡を少なくする。

職場なら必要以上に関わらない。

無理に好かれようとしない。

人間関係には、0か100かではなく**「少し距離を置く」**という選択肢があります。

僕も40代になって、すべての人とうまく付き合う必要はないと思うようになりました。

合う人とは自然に付き合えばいい。

合わない人とは少し離れてもいい。

そして、自分を大切にしてくれる人を、自分も大切にすればいい。

「もう無理」

そう感じるのは、我慢が足りないからとは限りません。

もしかすると、

「これ以上、自分を雑に扱わせない方がいい」

という心からのサインなのかもしれません。

自分にも直すところがあれば直す。

それでも苦しい関係なら、距離を置く。

人間関係を続けるために、自分の気持ちをずっと犠牲にする必要はない。

40代になった今、僕はそう思っています。

人間関係を続けるか迷っている方は、

      「人間関係を切るか迷ったときの判断基準|距離を置いた方がいい人とは」

      も参考になるので、ぜひ読んでみてください。

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