──犬たちが教えてくれた「一人じゃない」という感覚**
仕事の日も、
気持ちが沈む日も、
正直、帰り道に心を整える余裕なんてない。
「今日も疲れたな……」
そう思いながら家の扉を開けた瞬間、
勢いよく駆け寄ってくる 小さな足音 が聞こえてくる。
それが、今の僕にとっての
“今日を生き延びた証” だ。
そばにいてくれる存在が、
今日という一日を、そっと支えてくれる。
忙しさの合間に訪れる、
ほんの一瞬の救い。
忙しさが増えるほど、なぜか心は軽くなる

犬と暮らす生活は、正直ラクではない。
散歩もある。
食事の準備もある。
留守番をさせた日は、心配にもなる。
普通なら、
「忙しい日ほど、余裕はなくなる」
そう思うはずだ。
でも、不思議なことに──
犬たちがいると、
心の奥に溜まっていた重さが、少しずつ溶けていく。
最近ようやく気づいた。
犬の世話をしているようで、
実は 犬たちが、僕の心の世話をしてくれていた のだと。
「ただいま」と言える相手がいる。
それだけで、人は前を向ける。
「ただいま」を待つ存在が、人を強くする
どれだけ疲れて帰ってきても、
玄関で尻尾を千切れそうに振ってくれる存在がいる。
それだけで、
胸の奥に溜まった孤独が、静かにほどけていく。
言葉は交わせない。
でも、こちらの状態を見抜いたかのように、
何も言わず寄り添ってくる。
「今日も、よくやったな」
そんな声が、
ぬくもりとして背中に広がってくる。
面倒を見ることは、自分を守ることだった

犬は手がかかる。
散歩に行く。
ごはんを用意する。
家に早く帰る。
でも、この “世話をする行動” こそが、
自分自身の心を守る行為になっていた。
犬のために、歩く。
犬のために、帰る。
犬のために、今日を終える。
その「犬のため」は、
いつの間にか 「自分のため」 に変わっていた。
崩れそうになる心を、
ギリギリのところで支えてくれる存在。
僕が守っているつもりで、
実は一番近くで、守られていたのは僕だった。
「一人じゃない」という感覚は、こんなにも静かに宿る
犬たちがそばにいるだけで、
僕はもう 完全な孤独 ではなくなる。
離婚で家族が離れ離れになったときも、
誰にも弱音を吐けなかった夜も、
犬たちはただ、黙ってそばにいてくれた。
「一人で頑張らなくていい」
そう言われている気がした。
あなたの今日を救った「ささいな出来事」は何ですか?

僕にとってそれは、
犬たちが尻尾を振って迎えてくれる、その一瞬だった。
特別なことじゃない。
でも、その一瞬が
今日という一日の重さを、確実に軽くする。
もし今、心がしんどい人がいたら、
どうか思い出してほしい。
大きな幸せはいらない。
たった一つの 小さな救い があれば、人は生きていける。
その救いは、
案外いつも、すぐそばにある。
犬だったり。
子どもの写真だったり。
お気に入りのコーヒーだったり。
ふと届いたメッセージだったり。
今日を支えてくれた「ささいな出来事」に、
そっと ありがとう と言ってみる。
それだけで、
明日は少し、優しくなる。
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犬たちがいなかったら、
僕はもっと孤独だったと思います。
でも彼らがいるから、
毎日に 「帰る場所」 ができました。
忙しさの中で心が崩れないのは、
今日も彼らが、何も言わずそばにいてくれるからです。
そして今、
この文章が、誰かの心を
ほんの少しでも軽くできたなら。
それ以上のことはありません。


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