何も起きていない一日を、ちゃんと生きたということ

青空と海を背景に、白衣を着た女性医療従事者が横顔で前を見つめている様子。 日常エッセイ・コラム
今日を生きる人は、もう十分に強い。

今日は、特別なことは何もなかった。

仕事に行って、

利用者さんの話を聞いて、

記録を書いて、

帰ってきて、犬の世話をして、

いつも通りの夜を迎えた。

成功したわけでもない。

褒められたわけでもない。

人生が大きく前に進んだ実感も、正直ない。

でも最近、

こういう一日を「無意味だった」と思わなくなった。

何も起きない日は、何もしていない日じゃない

カフェでノートパソコンを前に、顎に手を当てて考え込む人物。静かな時間の中で、自分と向き合っている様子。
何も起きない一日にも、ちゃんと意味がある。
立ち止まり、考え、整える時間も前進の一部。

昔の私は、

「変化がない=停滞」

「成果がない=価値がない」

そう思って生きていた。

だから、

何も起きなかった日は、自分を責めた。

「今日も何もできなかった」

「まだ足りない」

「もっと頑張らないと」

でも今は、はっきり分かる。

何も起きていないように見える日こそ、

人生の土台が静かに整っている日だ。

壊れなかった一日は、それだけで十分だった

離婚もした。

仕事も失った。

人生が音を立てて崩れた時期もあった。

夕暮れの道を一人で歩く人物の後ろ姿。静かな時間の中で、一日を終えながら前に進もうとしている様子。

あの頃は、

「ちゃんと生きる」こと自体が難しかった。

だから今、

・ちゃんと起きた

・働いた

・誰かと関わった

・無事に一日を終えた

それだけで、

**立派に“生き抜いた一日”**なんだと思う。

人生は、派手に変わる前に、静かに整う

人生が好転する時って、

いきなり何かが起こるわけじゃない。

霧が立ちこめる湖のほとりで、木のデッキに座り、温かい飲み物を手に静かに過ごす女性の横顔。

先に起きるのは、

心が少し落ち着く

無理をしなくなる

自分を責める回数が減る

そういう、

誰にも気づかれない小さな変化。

でも、その静かな変化が積み重なった先にしか、

本当の再出発はない。

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今日をちゃんと生きたなら、それでいい

夕暮れの湖を前に、静かに立ち尽くし水面を見つめる男性の後ろ姿。
今日をちゃんと生きたなら、それでいい。
結果が出なくても、
前に進めなくても、
今日という一日を立って、立ち止まって、
ちゃんとここまで来た事実は消えない。

もし今日、

「何もできなかった」と思っている人がいたら、

私はこう言いたい。

ちゃんと起きた

ちゃんと向き合った

ちゃんと一日を終えた

それだけで、十分。

人生は、

派手な一日より

壊れなかった一日でできている。

今日を生きたあなたは、

もうちゃんと前に進んでいる。

この記事は、

誰かを励ますための個人的な体験と考え方をまとめたものです。

心や体の不調が強い場合は、信頼できる人や専門機関に相談することも

ひとつの選択肢として大切にしてください。

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