今日は、特別なことは何もなかった。
仕事に行って、
利用者さんの話を聞いて、
記録を書いて、
帰ってきて、犬の世話をして、
いつも通りの夜を迎えた。
成功したわけでもない。
褒められたわけでもない。
人生が大きく前に進んだ実感も、正直ない。
でも最近、
こういう一日を「無意味だった」と思わなくなった。
何も起きない日は、何もしていない日じゃない

立ち止まり、考え、整える時間も前進の一部。
昔の私は、
「変化がない=停滞」
「成果がない=価値がない」
そう思って生きていた。
だから、
何も起きなかった日は、自分を責めた。
「今日も何もできなかった」
「まだ足りない」
「もっと頑張らないと」
でも今は、はっきり分かる。
何も起きていないように見える日こそ、
人生の土台が静かに整っている日だ。
壊れなかった一日は、それだけで十分だった
離婚もした。
仕事も失った。
人生が音を立てて崩れた時期もあった。

あの頃は、
「ちゃんと生きる」こと自体が難しかった。
だから今、
・ちゃんと起きた
・働いた
・誰かと関わった
・無事に一日を終えた
それだけで、
**立派に“生き抜いた一日”**なんだと思う。
人生は、派手に変わる前に、静かに整う
人生が好転する時って、
いきなり何かが起こるわけじゃない。

先に起きるのは、
・心が少し落ち着く
・無理をしなくなる
・自分を責める回数が減る
そういう、
誰にも気づかれない小さな変化。
でも、その静かな変化が積み重なった先にしか、
本当の再出発はない。
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今日をちゃんと生きたなら、それでいい

結果が出なくても、
前に進めなくても、
今日という一日を立って、立ち止まって、
ちゃんとここまで来た事実は消えない。
もし今日、
「何もできなかった」と思っている人がいたら、
私はこう言いたい。
✔ ちゃんと起きた
✔ ちゃんと向き合った
✔ ちゃんと一日を終えた
それだけで、十分。
人生は、
派手な一日より
壊れなかった一日でできている。
今日を生きたあなたは、
もうちゃんと前に進んでいる。
この記事は、
誰かを励ますための個人的な体験と考え方をまとめたものです。
心や体の不調が強い場合は、信頼できる人や専門機関に相談することも
ひとつの選択肢として大切にしてください。


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